2008年12月12日金曜日

猫カフェ

あなたは猫カフェに行ったことがありますか?
まだ行ったことのない、あなたへ猫カフェ事情を…

猫カフェの日本での歴史は2004年に始まりました。
第一号店は大阪で「猫の時間」というお店、
2005年には関東でも「ねこのみせ」がオープンし、
今では全国で20数箇所にもなるそうです。

どんな営業スタイルかというと、
店の中には10匹前後の猫が自由に動き回り、
お客さんは、お店にもよると思いますが、
7,8人ほどと、猫に負担がかからないような人数制限があるようです。

注意事項もあり、無理やり抱っことか、
首根っ子を掴まないとか、叩かないなどがあります。
どう考えてもやってはいけない当たり前のことなのですが…
猫の扱いに勘違いをする方などもいるようです。

そして、一番の勘違いは!
人間として恥です。
この行為は…

「猫カフェだから…」
「猫がいっぱいいるから…」
「一匹くらい…」

こうして心無い人間が勝手な理由から
店の前に猫を捨てて行くのです。

どんな理由があるにしても、
それはやってはいけないことだと思います。
店の人たちがどんな思いでやっているのか…

動物を飼うことの責任の重さをもう少し考えるべきです。
単にかわいいから飼うではなくて…
最後まで見届ける気持ちで飼うべきです。

それと、そういったケースが多いため、
現在では店の周辺に防犯カメラを設置する所もあるそうです。

もし、そこにあなたが映っていたなら、
犯罪者となります。
罰金50万です。
ご注意ください。

癒しの猫カフェを、
猫の捨て場にするのはやめてください。
猫を愛する者のお願いです。

2008年12月11日木曜日

猫物語最終話

姉と二人で泣きながら、鼻水をすすりなんとかちゃこを庭に埋めた。
家に戻ってからもグズグズしていた。
ようやく気持ちが落ち着いて来た頃に、また思い出しては涙していた。

実家の庭には猫のお墓がある。
代々の猫たちが眠っているのだ。

ちゃこを含めて何匹の猫を見送ってきただろうか…
そう、十数匹になるかな?

今だから一匹の猫を飼うという、責任の重大さが身に沁みて理解できたが、
以前は、猫は家で飼っていても自由にさせるべきだとか、
避妊はするべきじゃないとか、訳の分からないことを理由に、
ただかわいいだけで、飼っていました。

そのために何匹の猫を危険な目に合わせて来たのか、
交通事故や薬物の誤飲など…

田舎は春や秋に必ず家の周りや田んぼに、ネズミ殺しという団子みたいな物を撒く。
作物や家を守るためという…
その期間はどんなに鳴いてせがんでも、外には出さないようにしていた。
しかし、昔からの古い家なので縁の下から出入りする所を見つけられて逃げられた時もあった。

そうして、その外出先で誤って団子を食べて帰って来た猫が過去に2匹いた。
症状が出た時にはすでに遅く苦しんで死んで行く。
それでも必死に大好きだった主人の膝の上に乗ろうとして、
最後の力を振り絞り、膝の上で息を引き取るのだった。

田舎の風習もあり、この辺りの集落ではいまだにその時期になると、
いっせいに散布される。
知人にもこれが原因で飼い猫の命を奪われるケースが多い。
それは猫に限らずだが…

あれから3年目の冬が来た。
今でも動物は大好きだし、特に猫が好きだ。
飼いたい気持ちはあるが、以前のような飼い方はしたくないので、
今度飼う時は、必ず環境を整え長生きしてもらえるような家で飼いたいと思う。

もう後悔はしたくないし、猫に申し訳ないから…
一緒に人生を、長く共に楽しみたいから。

2008年12月10日水曜日

猫物語20

夕方になり時間を見てすぐに退社し、その足で実家に向った。
まだ夕方の5時を少し回った頃で、姉は帰宅しておらず家には母がいた。

玄関に入るなり、母が悲しそうな顔をして話しをしてきた。
心の中で 「あ~やっぱり、あれはちゃこだったんだ…」 と思いながら…
母の話しをだまって聞いた。

朝見た白い物体はちゃこであったことと、
そして、電話の後ですぐに姉が確認に行き、連れて帰ってきたこと。
ちゃこは今、車庫のダンボールの中にいると辛そうに話した。

車庫に入り、あたりを見回した。
一番奥の棚の上に目をやると、そこにはこじんまりとした、
ダンボールの箱が置かれてあった。
そのダンボール箱を開けようと手を掛けた瞬間、頬をつたって涙が溢れ出てきた。

気持ちを落ち着けようとグッと堪えてみたが、涙は止まらない。
涙でいっぱいになった目で、ちゃこの姿を見ようとしたが全然見えない。
そっと手を出し、ちゃこの冷たくなった体を撫でた。

いつもとかわらない毛並み、冷たくさえなければいつもと変わりないのに…
「ごめんね、ちゃこ」
「ごめんね、ちゃこ」
硬くなったまま、もう動かないちゃこの体。

謝ったって、何をしたってちゃこはもう動かない。
死んでしまったのだ。

姉の帰宅を待って、二人でちゃこを庭に埋めた。
ちゃこの好きだった、ねこじゃらしやエサを枕元に添えて…

続く…

2008年12月9日火曜日

猫物語19

それから三日目が過ぎた朝のことです。

いつも通り出勤し、実家の前を通り過ぎ下り坂に差し掛かった時の事。
ふと反対車線に目がいった。
路肩に”白く”何かが横になっている。

しかし、出勤しなければならなかった私は、車を止めることも出来ず、
会社に着いてから、すぐに実家に電話した。

私の脳裏にはすでに「もしかしたら…」という予感がしていたからだ。
家には姉がおり、すぐに様子を見に行くということで、
会社を抜け出すことが出来ず、ぐっと気持ちを押し込めた。

電話ではここ何日か、朝方トイレに行くため、
外に出ると帰って来るのに時間が掛かると話していた。

それにしても、ちゃこは道路を嫌っているのか、
警戒心を持っていて、決して近づこうとせずにいたのに…
「何故?」と思いながらも、私の頭の中では朝見かけた”白い”物体はちゃこだと確信していた。

他にも以前飼っていた猫が病気や事故に合い死に際が近くなると、
私には、死を感じとる特異的なものがあるのか、
その場に自然と居合わせてしまうという不思議な体験が多い。

それはそうとこれは、何もかも私の身勝手さからきた事が全て原因なのだ。
命ある生物の一生を見守り育てることの重大さと責任を、
かわいい、好きだからで忘れていたのかもしれない。

「いや、忘れていたのではなく、見ない振りをしてきたのだ」。

実家に預ける事にしたときから…そうではない。
ちゃこがトイレを、「外でないとしないから」ではなく、
なんとか家の中のトイレを覚えさせ、外に出すべきでなかったこと。

外に出るということは、こういった危険性があるということを私は知っていた。
にもかかわらず…、わたしはまた同じ過ちをしてしまった。

心の片隅ではとにかく私の予感がはずれることを祈って、
帰宅する夕方になるのをただ待った。

続く…

2008年12月7日日曜日

猫物語18

なんだかんだといって、猫物語は18回目に入りました。
自分で自分の思い出に浸っているだけなのです。

現在、雪が降ってきて近所の家の屋根が白くなってきました。
もう、12月なのですから…
寒いわけです。

さて、ちゃこのお話しですが、
それから日に日に元気になり、エサの食べ方も心得てきたようで、
痩せていた体もだいぶ元に近づきつつありました。

よだれはというと、これがまた不思議で、
以前のようにだらだらと、あまり垂れなくなってきていました。
自己治癒力というのはすごいものです。

動物病院にも行かなくなり穏やかに時が過ぎていきました。
春になりワクチンの案内が動物病院より届いていたので、
予約を入れ実家にちゃこを迎えに行きました。

私はちゃこが元気になったので、仕事帰りに実家に様子を見に寄るぐらいで、
以前に比べて長い時間、ちゃこと一緒にいることが少なくなっていましたから…

それでも会いに行くと、ちゃんと私のことをわかっていてくれることが何より嬉しいですね。

ワクチン接種に行くと、スタッフの方たちや先生までも温かく迎え入れてくださり、
私が診療室に入らなくても、スタッフさんに身を任せて、ちゃこはワクチンを受けて来るのです。
なんとまあ、この子は…

それから時はまた過ぎ、季節は夏から秋へ…

何気なくいつものように仕事帰り、ちゃこに会ってアパートに戻った私でした。
それが最後の別れになってしまった。

続く…